自分を軸に生きること(前編) | KATALOG
自分を軸に生きること(前編)

自分を軸に生きること(前編)

ゲスト
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2024.09.24

みなさん、はじめまして。

北海道十勝郡浦幌町の町役場で働いている野口 佳生(のぐち かせい)です。

この度、浦幌町役場が実施する「地方創生先進地地域滞在型研修」に参加し、7月21日から26日までの6日間、徳島市・神山町に滞在しました。

神山町を拠点に各方面で活躍する人たちの話を聞くことができ、多くの刺激を受けることができました。

また、浦幌町とは一味も二味も違う神山町での暮らしを体験し、神山町の魅力を知ると同時に浦幌の良さも再確認することができました。

今回の研修で私が学んだことは、「自分軸で生きる」ことです。

生きることは選択することの連続です。

神山町で活躍する人たちの考え方や生き方に触れ、自分を軸に選択していくことが自分らしく生きる秘訣だと学びました。

 ここからは神山町での研修中の出来事や自分が感じたことを紹介したいと思います。

あこがれの地「神山町」

 職場で「地方創生先進地地域滞在型研修」の案内が通知されてすぐ、私は申し込みを済ませていました。

 神山町での研修を経験している同級生や職場の先輩方からその魅力を聞いていたこと、「佳生は行ったほうがいい」と勧められていたことから、いつからか神山町は私にとってのあこがれの地となっていました。

昨年は仕事の関係で申し込むことができませんでしたが、今年は業務のことを細かく考える前に申し込んでいました。

 それほどみんなの話す神山町に興味がありましたし、何より今後自分が浦幌で生きていくためのヒントが浦幌以外の外の世界に転がっているのではないかという期待から、この研修を申し込みました。

初めての四国・徳島へ

 久しぶりの飛行機に若干緊張しながら徳島県へ向かいました。

 初めて降り立った四国・徳島県は北海道とは比べ物にならないくらい暑く、とんでもない湿度で研修中元気で過ごせるか心配になるほどでした。

 徳島空港前で阿波おどりポーズで記念撮影した後、徳島市内の蔵本BASEへ移動し、研修のオリエンテーションを受けました。

今回の研修テーマは、

 ①  自分を知る

 ②  自分の役目を見出す

 ③  浦幌町のより良い未来を描くために

という3つのテーマがあげられました。

 オリエンテーションでは、自らを何かに例えて自己紹介したり、自らの価値観を順位付けしたりするなど、「自分を知る」ためのワークを行いました。

 これらのワークは自分の状態や考え方を整理することに有用だと思います。

自分自身は不変ではなく、日々変わるものだと思うので定期的に自分とは何なのか振り返る習慣をつけようと思いました。

 「私を色に例えると」というお題での自己紹介をした際、私が選んだ色と一緒に研修に参加していた後輩の選んだ色が一致するといったことがありました。

 しかし、そこにはそれぞれの想いがあって、内容は似てはいても同じではありませんでした。

 同じものを選んだり、同じことをしていたりしても、そこに至るまでの考えや理由はそれぞれ違うということを実感した出来事でした。

創造的過疎の町

前日に引き続き徳島市内の蔵本BASEで神山プロジェクトのプロセスについてのレクチャーを受けました。

きっかけとなったのは「神山アートインレジデンス」。

外国人アーティストを呼んで、地域住民が再作活動に協力して、人の山の中で作品を作るという行政職員が聞いたら頭を抱えそうなイベントです。そんなイベントを神山町は1999年からずっと継続しています。

そんな国際交流とアートの取り組みをきっかけに、サテライトオフィスができ、オーガニックレストランができ、神山つなぐ公社ができて、さらには私立高等専門学校まで新設されるというとんでもないプロセスを踏んできています。

神山プロジェクトのポイントとなる「創造的過疎」。

過疎化の現状を受け入れ、外部から若年層やクリエイティブな人材を誘致することで人口構成の健常化を図っていくというものです。

浦幌町もそうですが過疎地では仕事がなく、地元出身者が帰って来ることができず、移住者も呼び込めないため、町の経済はどんどん縮小していく悪循環に陥ってしまいます。

神山町ではサテライトオフィスで企業を誘致したり、ワークインレジデンスで仕事を持った移住者を逆指名で誘致したりしています。

ワークインレジデンスの話を聞いた際は公平性はどこに行った?と思いました。

浦幌にも空き家バンクという、町内の空き家情報を発信し買い手や借り手を探す仕組みがあります。「誰でも買える、借りられる」が普通だと思います。

しかし、神山町ではパン屋さんだったりデザイナーだったり、仕事を持った人たちに限定する形で空き家を紹介しています。

人口という単なる「数」に囚われず、「人」にフォーカスした、まちづくりに対する明確な意思を感じる素晴らしい取り組みだと感じました。

神山町の取組を見て感じたのは、民間主導でまちづくりが展開されていることでした。

行政主導ではどうしても公平性や義務感、形に縛られたものになり、目的がぼやけてしまいがちです。

神山町ではそれぞれが自分のやりたいように、明確な意思や選択をもって、やれる範囲でまちづくりに関わっているような雰囲気を感じました。

その結果が寛容的で創造的なまちづくりに繋がっているのだと思います。

昼食に徳島ラーメンを食べた後、神山町に移動しました。

神山町に到着したとたんに雷雨に見舞われました。神山町に滞在中何度となく雷雨にあうことになりますが、あまり歓迎されてなかったのか歓迎が行き過ぎていたのか。

神山町で最初に訪れたのは「鮎喰川コモン」。

まちのリビングとして、子育て支援、放課後・休日の居場所づくりを中心に誰でも利用することができる場所です。

子育て世帯向けの町営住宅「大埜地の集合住宅」も隣接していて、一帯がいろいろな繋がりに溢れた豊かな場所だと感じました。

驚いたのは集合住宅が神山町内の木材を使い、神山町内の建設業者が建てているということです。


昔林務で林業関係の仕事をしていましたが何とも理想的、しかも地域内でお金を回す「地域内経済循環」も実現しています。神山町はすごいなと思いました。

夏休み期間に入っていたので「鮎喰川コモン」の中には子どもたちが溢れていました。

勉強していたり、本を読んだり、ゲームしたり、いろんな年齢の子どもたちが自由に活動していました。

子どもたちから話しかけてきてくれる雰囲気は浦幌と似たものを感じました。

仲良くなった子に名刺を配ったのでいつか浦幌町に遊びに来てくれるのを待ちたいと思います。

その後は雷雨の中、神山アートインレジデンスの作品を見学しました。

山の中という環境を活かした作品の数々、作品そのものよりも制作過程の大変さが気になってしまうほど精巧な作品が多く、神山町の人々の技術力に驚かされました。

作品を見学した後、アートインレジデンスがきっかけで起業した「KAMIYAMABEER」を見学しました。

地域の材料をビールそのものやパッケージのインクにも使用していて、まさに神山のビールだと感じました。

浦幌町にも地産のお酒が欲しいので、自分で起業するか、お酒を造りたい人を浦幌に誘致しようなどと考えています。

山から下りた後は「劇場 寄居座」を見学しました。

天井には歴代の商店・企業の看板がずらりと並んでいて「広告天井」というそうです。

広告の枚数が多いところは多く広告料を払っていたのかなとか、同じ名前の業種の違う看板があり同系列のお店だったのかなとか、当時の神山町に思いをはせることのできる場所でした。

2日目の宿泊場所は北山夫妻の営む「moja hause」

 神山町の古民家で宿泊と季節に応じた体験ができる宿になっています。

 地域食材を使ったカレー作りを体験しました。

 

北山さんの旦那さんは神山町役場に勤めていて、夕食後にそれぞれの町の仕事ついて話をすることもできました。

 一日目はホテル宿泊でしたが、二日目の夜は古民家での宿泊。

 「この湿度の中で寝られるのか?」と不安が過ります。

 実際には朝までぐっすり寝られて、北海道の建物の気密性、古の建築様式の通気性の良さを実感しました。

追い風を感じる場所

三日目の始まりは縫製工場を改装した神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックスで神山総合戦略について説明を受けました。

 神山町の総合戦略について感じたのは、より具体性があることと過疎化を受動的にとらえているということでした。

 神山町は創造的過疎の町といわれているように過疎化していく町の未来をデザインして施策を展開しています。

その計画からは「変化することを恐れない」そんな雰囲気を感じました。

未来を想像することは楽しい反面、未来が不安になることもあります。

現状を維持して未来を創るための地盤を固めることも必要だと思います。

現状維持することはあくまで未来に向かうためのものであってほしいなと思いました。

総合戦略に続いて、「もりまちレジリエンス」について誉建設の鎌田社長からレクチャーを受けました。「もりまちレジリエンス」は森づくりを通じた町の安全や防災を目的に活動している団体です。

もともと森づくりに関わる仕事をしていたので、森林の機能というのは私も知っています。

山林は個人の所有物ですが、個人の勝手で管理を放棄したり、勝手に伐採したりすると、土砂災害や洪水を引き起こしたり、長い目で見ると畑の作物や海産物にまで影響を与えてしまうほどいろんなものと関係しています。

森林産業の入り口から出口まで、植林から管理、伐採、資源としての利用までをデザインすることで業界全体が安定化し、森林環境が健全なサイクルで維持されていくことで災害から町の安全が守られていくことに繋がります。

このような動きは民間主導だからこそ、どんどん広まっていっているのだと思います。

 行政主導ではどうしてもやらされ感を感じてしまうように思います。

 「もりまちレジリエンス」のように、関わる人たちがそれぞれの想いで活動することで結果的に大きな流れがつくられていくことは理想的だと思います。

 自分が好きな言葉の「スタンドプレーから生じるチームワーク」とはこういうことなんだと納得することができました。

 ちなみに「レジリエンス」とは、逆境や困難(ストレス)に直面した時に、それを乗り越えて適応していく力のことを指すそうです。

 自分自身の「レジリエンス」もしっかり高めていきたいなと思いました。

 鎌田社長からは「ホマレノ森プロジェクト」についてもレクチャーを受けました。

 「ホマレノ森プロジェクト」は誉建設の事業指針で、「家づくり」、「人づくり」、「暮らしの質づくり」を基本とした活動です。

建設業としての「家づくり」はもちろんのこと、大工の育成などの「人づくり」、ホマレノ森を活用したイベントやセミナーの開催など「暮らしの質の向上」を誉建設の「役目」として活動されています。

誉建設は地域に生かされ、必要とされる企業であり続けることを目指して様々な活動をしています。自分も浦幌に生かされ、浦幌に必要とされる人物を目指して今後も頑張りたいと思います。

神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックスでレクチャーを受けた後、「上一宮大粟神社」に行きました。

天照大神の食事を司っている、五穀や養蚕の起源とされる神様が祀られている神社です。

 

衣食、農業、商売、開運、縁結びや安産の守護としても信仰されていて、さらには美の神様として美容や芸術に関してもご利益があるようです。

この先の人生を占うためおみくじを引いてみました。

結果は小吉でしたがその内容にはこんな言葉が、

道に迷ってやがて本道に出るように

いろいろ思い違いや間違いがあるが

自分のあやまちを知り 

これを改め神仏を信じ

心を正せばやがて幸せは来る 

この言葉を見たときに、ふと背中を押された気がしました。

おみくじの内容だけではなく、鎌田社長や神山総合戦略のレクチャーをしてくれた吉沢さんたちの考え方や生き方に触れるたびに追い風を感じていました。

「やりたいようにやればいい」そんな風に言われたように思います。

今後のあらゆることが成功するようにと、ちょっと欲張りなお願いをして神社を後にしました。

神社の後は「寄井商店街」を見学しました。

「寄井商店街」はワークインレジデンスで起業したお店が並ぶ商店街です。

WEB制作会社の株式会社モノサスのサテライトオフィスや豆ちよ焙煎所、カフェオニヴァなどの店舗を実際に商店街を歩きながら見学しました。

豆ちよ焙煎所で焙煎の関係ないチャイを頼んでしまったことと、たまたま実施されていた「染昌」の展示販売会で何も買わなかったことを強く後悔しているので、神山町には絶対また来たいと思います。

商店街を見学した後はホマレノ森研究所山西を見学しました。

誉建設が所有する築85年の古民家を改修した建物で、「ホマレノ森プロジェクト」の活動拠点として利用されていく予定だそうです。

 鎌田社長が心奪われたという山西から見える景色はとても素晴らしかったです。

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前編はここまで。
後編はこちら。

自分を軸に生きること(後編)

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神山塾生や、地域のキーパーソン、中学校の生徒さんetc…それぞれの地域や故郷への思いを「KATALOG」に綴ってくれています。

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