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今と昔、この世とあの世がつながる薪能

今と昔、この世とあの世がつながる薪能

残暑お見舞い申し上げます。
東京常駐スタッフの西川です。
残暑といっても、実際には東京ではまるで梅雨のような気候が続く毎日ですが……。

そんななか、私は八ヶ岳にある身曾岐(みそぎ)神社で行われた
「薪能(たきぎのう)」に行ってきました。
今回の記事では、自然と一体になって感じる能の世界をご紹介したいと思います。

 

 

薪能とは

能舞台の様子。
能舞台の様子。

薪能は、野外の能舞台でかがり火のなか行われる能のこと。

能というと、敷居の高そうな伝統芸能というイメージを持つ方が多いのではないかと思います。
かく言う私もその一人。
確か中学生か高校生のときに、
課外授業で能を鑑賞する機会があったような気がしますが、うろ覚え……。

そんな私ですが、野外で行われる薪能の写真などを見て、
そのなんともいえない厳かな雰囲気を一度体験してみたいと思っていました。

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八ヶ岳には、私が通っていた学校の寮があり、合宿などで訪れていた馴染みのある土地。
家族が会場となった身曾岐神社にお参りする機会があり、
夏には薪能があるという情報を得て、今回参加してみることになりました。

薪能は全国各地の神社仏閣で行われています。
身曾岐神社で行われる「八ヶ岳薪能」は、
例大祭(神社で行われる祭祀のなかでも最も重要なもの)の前夜におこなわれる神事です。
今年で27回目と、比較的最近始まったもののようですが、
薪能自体の起源は古く、例えば奈良の興福寺の薪能は平安時代から行われているそうです。

 

 

鑑賞のコツは「10分間予習」

緑が多く涼しい身曾岐神社境内。場所は山梨県の小淵沢。
緑が多く涼しい身曾岐神社境内。場所は山梨県の小淵沢。

避暑地でもある八ヶ岳はやはり涼しく、
半袖のシャツ一枚でちょうどいいくらいの気候。
野外で能を見るには、絶好のロケーションです。

今回の演目は、
能の「巻絹(まきぎぬ)」
狂言の「二人大名」
能の「小鍛冶(こかじ)」
の3つ。

儀式や幕間の休憩時間も入れて、午後4時半から始まり7時半過ぎに終了と、
全体の時間は3時間ほどです。

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さて、会場に着いてから上演が始まるまでのあいだ、
能初心者なりに、鑑賞のちょっとしたコツ、
というか私がやって良かったな、と思うのは「予習」です。

といっても、そんなに難しいことではありません。
配られたパンフレットや、ネットなどで、
演目のあらすじや見どころなどをささっと見て、頭に入れておくだけです。
時間も、移動中や席についてから上演が始まるまでなど、10分程度の時間でもいいと思います。

私はバレエやオペラなどを鑑賞するのがわりと好きで、
たまに観に行く機会があるのですが、

そんなときも、ちょっと空いた時間を使って「予習」をします。

それを今回の能でもやってみたのですが、
完全に理解できるわけではなくても、

「次はこういう場面だ」「このキャラクターはこんな人柄だ」と知っているだけで、
演目に入り込める気がします。

開演時間になると、まず最初に、「清祓(きよはらい)の儀」という、
宮司さんによるお清めの儀式があります。
これは、鬼門の方向(北東)、能楽殿の前の池(神池)、
そして観客のほうを弓で打つ真似をして、悪霊を追い払うというものです。

普段は見ることのない神聖な儀式は興味深いもので、
会場も静まりかえって舞台を見つめていました。

そのあとに、大学の先生によるちょっとした解説。

この解説で印象に残ったのは、
「能の舞台と舞台裏をつなぐ『橋掛り』という通路は、単なる通り道ではなくて、
舞台の延長として演出上重要な舞台の空間」という話。

能舞台というのは、写真のとおり、橋掛り(通路)と舞台がつながってL字型の作りになっています。

舞台と舞台裏をつなぐ「橋掛り」。写真左のカラフルな幕の奥が舞台裏で、この幕の中でお面を付けるなど、舞台に上がる前の準備を行う。
舞台と舞台裏をつなぐ「橋掛り」。写真左のカラフルな幕の奥が舞台裏で、この幕の中でお面を付けるなど、舞台に上がる前の準備を行う。

さらに、この橋掛りは「神様の世界と人間の世界をつなぐ通路でもある」とのこと。

神様を祀る儀式なので、舞台の作りとしても、
「この世」と「あの世」をつなぐようになっているのだな、と納得。

普段は特定の宗教を信じたり、
特別スピリチュアルなことを好んでいるわけではないのですが、
実際儀式として運営されている様子を見ると、頭で考えるよりも、
実感として、神様の存在感のようなものが感じられる気がしました。

 

 

自然とつながる

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だんだん景色が暮れなずんで、静かに夜が訪れる時間の経過とともに、
ライトアップされた能楽殿が闇のなかに浮かび上がる様子は、それだけでも素晴らしいものです。
これも自然のなかの舞台ならでは。

とはいえ、野外だからの出来事もあり……。

始まる前は薄曇りだったので、「ちょうどいい天気だな」などと呑気に考えていたのですが、
最初の演目「巻絹」が始まった途端に、空からパラパラと雨が。
強めのにわか雨が、「巻絹」の最中続きました。
観客には一人1枚、雨合羽が配られていたので、みんなそれを着て鑑賞。
「フジロックフェスティバル」など野外で行われる音楽フェスでは、
天候が変わりやすく、雨のなかでライブを観ることもあるようですが、それと一緒ですね。
昔から、ちょっと天候が悪くても、
人は自然のなかで音楽や踊りを鑑賞するのが好きだったんだろうなぁ、と感じました。

それに、雨など天候の変化と神様を結びつける神話が世界各地にあると思うのですが、
ちょうど能が始まったタイミングでの雨には、
やはり何か特別な意味があるようにも感じられてしまうのでした。

 

 

今と昔がつながる

日が落ちると、かがり火が付けられる。
日が落ちると、かがり火がつけられる。

残念ながら上演中は撮影禁止ということで、
演じている最中の写真はないのですが、
予習の甲斐もあってか、思っていた以上に楽しむことができました。

3つの演目のなかでも、私が特に面白く感じたのは、狂言の「二人大名」。

能が、神様や歴史上の人物など「非日常」の世界を描くものなのに対して、
狂言は、庶民の日常をおもしろおかしく演じるコメディです。

主役を演じる野村萬斎さんの声の調子や動作、表情などが面白く、
あらすじしか知らなくても思わず笑ってしまいます。
会場中から笑い声が聞こえてきて、
「今も昔も、笑いの感覚って共通なんだ」と感じました。

昔の人もこうして集まって舞台を観て笑ったり感動したりしていたのかな、と想像すると、
今と昔が一気に地続きになるような感覚でした。

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この世とあの世。

神様と人間。

今と昔。

普段は隔てられているものがつながる瞬間を、何度も感じた薪能鑑賞のひとときでした。